横川は、日本政府が高麗遠征軍を攻撃しなかったのは、案外単純な理由ではないかと思った。つまり、経験が無いということだ。日本固有の領土に外国の軍隊が攻め入ってきたという経験がない。（略）経験がないためにどうすればいいのかわからなかった、それが案外真実ではないか。そしてそれは国際的に愚かだと評価されるのだろうか。何十回と侵攻された歴史を持つ国のほうが貴重な経験をしているということで優れているのだろうか。蒙古軍が日本を占領していたらそのあとの日本の歴史や文化はまったく違うものになっていただろう。（略）六十六年前の八月に無条件降伏をせずに本土でも戦闘を続けた場合はどうだろうか。（略）外国の軍隊による侵攻と占領は国家と国民にとって最悪の事態だ。そんな経験はないほうがいいに決まっている。だが経験がないと、実際にそれが起こったときに的確な対処が出来ない。わからんな、と横川は呟いた。自衛隊が高麗遠征軍を攻撃すべきだったのかどうか、わからなかった。（上巻 pp.341-342）

地の塩、世の光
「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう。もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけである。あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。またともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである。そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである。」